Sugar & Salt Corner
No.25     2005年9月25日
佐藤 敏雄

スペース・エレベーター

スペースエレベーターなる言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。最近NHKのニュースでも チラリと紹介されたのでご存知かもしれませんね。IEEE Spectrum誌8月号のB. C. Edwards氏の記事 を紹介しましょう。チョットした宇宙旅行気分になるかも?
スペースエレベーター
上昇中のスペースエレベーター
レーザービームで電力を供給

現在、宇宙空間に物体や人間を運ぶ手段としては、使い捨てロケットやスペースシャトルしかありません。 ご存知のようにこの打ち上げコストは膨大なもので、1kgの物体を静止軌道上まで運搬するための経費は 約2万ドルと言われ、しかも大きなリスクを伴っています。
最近の研究によれば、1基のスペースエレベーターができればこれが200ドルまで低減され、エレベーター が複数になれば、1kg当たり10ドルまで下げられると言われています。

スペースエレベーターは、超軽量かつ超強力なケーブルを地上と静止衛星の間に張り、これを伝って宇宙に 貨物を運ぶエレベーターです。ケーブルは赤道上から垂直に立ち上がり、高度36,000kmの静止軌道上の デッキを経由して更に伸び、地上100,000kmの最先端に取り付けられた600トンのカウンターウエイト にまで達します。このシステムの重心は静止軌道上にあり、全体がヨーヨーを振り回すように地球の自転と同期して回転します。 重量7トンのエレベーターは13トンの貨物積載が可能で時速190kmで上昇し、8日間で静止軌道に到着します。 そこには巨大なデッキが設けられ、衛星の駐機場や、作業スペース、並びに旅行者用の滞在スペースが 作られるでしょう。

最大の問題は丈夫で軽量なケーブルの製造です。 スペースエレベーターの構想は100年もの昔ロシアの ツィオルコフスキーが発案し、1960年代に再燃したのですが、ケーブルの自重とエレベーター重量を支える、 強くて軽い材料の開発が最大の難関として立ちはだかって来ました。2000年頃に検討されていた スペースエレベーターは、直径10mものパイプ構造で巨大な建造物でした。また小惑星をつかまえて カウンターウエイトに使おうとするなど、現在の技術では夢物語でしかありませんでした。ところが1991年、 NEC基礎研究所の飯島澄男主席研究員(現在名城大教授兼任)によりカーボン・ナノチューブ (機会を改めて解説) が発見され、俄然、可能性が高くなってきました。

カーボン・ナノチューブは理論的には鋼鉄の100倍も強く、密度は6分の1という 代物です。この強度は スペースエレベーターに必要とされる強度の3倍以上もあり、現在、長さ4cmで鋼鉄の70倍の強度を持つ物質が 実験室で出来ています。実験室の外ではキロメートル級の長いカーボン・ナノチューブ複合体が出来上がって いますが、まだ強度が不十分です。ダラスにあるEdwards氏の会社Carbon Designsなどで試作が進み、数年内に 実現することが期待されています。

紙より薄い曲面
紙より薄い曲面構造が宇宙塵 の衝撃を緩和する
同社がNASAから委託された研究では、幅1m程度で紙よりも薄く、 曲線断面を持ったリボン状の構造が考えられて います。長いカーボン・ナノチューブの複合繊維が糸のように撚り合わされ、1mの幅をもった曲面に成形されます。 この構造により、宇宙塵やデブリが衝突して細いファイバーを切断してもその応力は均等に分散され、リボンには 小さな穴があくだけですむそうです。

100,000kmもあるこのケーブルの重量は僅か800トン(つまり1mで8グラム)と驚くほど軽いものです。このリボン 構造により、エレベーターを支持する機構が簡単になります。エレベーターの上下にあるローラーがリボンを サンドイッチ状にしっかりと挟みつけ、自分を引き上げていきます。 それにしても800トンは大変な重さです。いかにこれを軌道上まで持ち上げるか。 現在のロケットでは1回で5トン程度しか静止軌道まで上げられず、これを何百機も打ち上げるのは現実的ではありません。

このために考えられている手段は、幅10cm程度のリボンを丸めた、20トン程度の重さのリールを幾つかと作業用の 衛星を打ち上げることです。作業用衛星をカウンターウエイトとして利用しつつ、2個のリールからリボンを繰り出して 地球方向に伸ばして行きます。先端が地上に着いたら2本のリボンを縫い合わせつつこれを伝わって特殊な作業用 エレベーターが上昇し、1トンのエレベーターを支持できる20cm幅の初期システムが完成します。次に別な特殊 エレベーターが取り付けられ、多数のもっと小さなリボンを最初のリボンに取り付けて行きます。これを280回程 繰り返し1m幅のものを完成させるのだそうです。エレベ−ターに必要な電力は地上から波長840nmのレーザービーム で供給されます。これは80%という驚異的な変換効率をもつもので未だ実現していませんが、部分的な試作が行われており 、数年内にキロワット程度のものが出来上がるでしょう。

スペースエレベーター1基の建設コストは100億ドルと試算されます。これを安いと見るか高いと見るかですが、 NASAの年間予算が150億ドルであり、シャトルの打ち上げコストが一回5億ドルであることを考え合わせればその有利さは 明白でしょう。

スペースエレベーター第1号機が完成すれば、その役割は第2号機の建設に必要な材料を運搬することとなります。 建設のための研究開発は終わっていますし、必要な支援システムも完成していますから、第2号機の建設は遥かに容易で、 建設期間も6ヶ月、コストは恐らく30億ドル程度と格段に安価なものとなります。2基のエレベーターは上りと下り専用で 同時に運行することとなるでしょう。システム全体の建設には10年から15年が見込まれています。

スペースエレベーターを実現するためには国際的な、政治、法律上の問題解決が必要で、国際的な条約レベルの議論を 必要とし、そのための経費も考慮する必要があるでしょう。その他に、スペースエレベーターの運行管理には、 次のような懸念される問題があります。

@ 落雷、風、ハリケーン、偏西風など天候の影響
A 航空機、隕石、スペース・デブリ、衛星等の衝突の可能性
B 上層大気の酸素原子による腐食
C 放射線障害
D ケーブルに誘起される電流の影響
E ケーブルの振動問題
F テロ対策

このような幾つかの要因は、設置場所を適切に選ぶことにより排除することが可能です。例えば、東太平洋の赤道地域 にあるガラパゴス諸島の西部は天候が比較的温和で、落雷、ハリケーン、偏西風の影響も少なく、更に通常の航空路 並びに船舶の航路から650kmも離れていて、衝突の危険性並びにテロリストのアクセスを最小限に抑えることができます。 当然ながら海上設置となりますが、オフショア油田の技術がありますから問題は無いでしょう。海上設置ですから1km 程度は移動が可能で、事前の警告により衛星やデブリの衝突を回避することができます。10cm程度のデブリは現在でも 検出が可能ですし、1cm程度の物体も高感度レーダー網の設置で発見できるでしょう。

静止軌道上のステーション
静止軌道上のステーション

高度100kmから800kmにある原子状酸素による腐食はケーブルのコーティングにより防止可能ですし、 カーボン・ナノチューブとポリマーの複合体は本質的に放射線障害に強い性質を持っています。潮汐により生じる ケーブルの振動は、リボンの共振周期が7.2時間に設計されており、24時間周期の太陽や月の影響と共振することは 無く、他の振動も地上装置で吸収可能です。リボンが振動して地球や宇宙空間の磁場を横切るため電流が誘起される 可能性がありますが、リボンの動きが少ないので心配はなく、突発的なプラズマによる影響も、リボン複合体が高い 電気抵抗を有しているので無視できるでしょう。

一方、現在の世界的政治情勢から最も危惧されるのがテロ活動です。 設置場所は人の近寄り難い所ですが、万一エレベーターに爆薬が仕掛けられケーブルが切れたとしたら?
ケーブルの重心は静止軌道上にあり、カウンターウエイトで引っ張られたケーブルは地球と共に回転していますから 常に緊張状態にあります。もし、ケーブルの底辺、すなわち地上近くで切れたとしたら、上のケーブルと カウンターウエイトは地球外の宇宙空間に弾き飛ばされるでしょう。
勿論切断点より下の部分は地上に向けて落下しますが、ケーブルの重量は1km当たり8kgと軽量ですから、 羽みたいなもので、物理的な衝突があったとしても大したことにはならないでしょう。

最悪のシナリオとして、ケーブルが宇宙空間にある頂上近くで切れたとしたら、カウンターウエイトは宇宙に 弾き飛ばされケーブルは地上に向けて落下しますが、落下につれて速度を増し、大半は空気抵抗で焼けて数キロ あるいは数百メートルに千切れ、経済的な大損害とはなりますが、壮大な宇宙花火が演出され、全地球的な災厄 にはならないでしょう。

数年前まではスペースエレベーターはSFの世界の話でしたが、今やカーボン・ナノチューブの開発と最新の研究 により現実味のある話題として受け入れられ、NASAやESAの関心を引いており、その検討結果が待たれるところです。
安全で安価なスペースエレベーターが完成すればこれまで予想もできなかったことが可能となります。その一つは 永年進展が無かった太陽光発電です。宇宙での巨大な光コレクター建設が難しかったのですが、安価な輸送コスト で宇宙の太陽光発電所の建設が可能になるでしょう。また小惑星への探査が容易になり、小惑星資源の開発が見えて きます。更には静止軌道から素晴らしい地球の光景を眺められる宇宙旅行が誰にでも手の届くような値段で可能と なることでしょう。

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