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第T部   序 章

(発端)

"用事がなければどこへも行ってはいけないと云ふわけはない。なんにも用事がないけれど・・<中略>・・大阪へ行って来ようと思ふ"。高名な文筆家、内田百閧フエッセイ『阿房(あほう)列車』の冒頭部分の一節である。私も大阪へ無用旅行することにした。
大阪へ行くのに最も一般的なのは新幹線である。鉄道が斜陽化してすでに久しく、国内の移動手段はクルマが主役、そして遠距離は航空機、というパターンが定着したなかにあって、ひとりこの東阪間は新幹線が圧倒的なシェアを保持する。3時間前後という手頃な所要時間と、都市中枢部への直接アクセスという利点が買われる故であろう。JR東海のドル箱路線、東海道新幹線は分刻みのダイヤが組まれている。
次に空路。羽田〜伊丹と、羽田〜関空とを合わせれば便数は日に20便ほど、トラフィックの総容量としてはかなり大きい。ダウンタウンから空港へのアクセス時間を加えたトータルの所要時間は新幹線とほぼ同等である。このことから新幹線と互角に拮抗し、大いに利用されている。
そしてクルマ。東名/名神のハイウエイにマイカーを駆れば東阪間は6〜7時間である。時間は少々かかるけれどクルマ好きにはいいかもしれない。東名/名神にはハイウエイバスも頻行している。さらに、大阪の周辺地への、あるいは大阪を経由する以遠各地へのトラフィックまでを含めれば、多方面に亙ってハイウエイ経由の深夜バスのメニューが多種彩々であって、これらは低料金故にヤングの人気を呼んでいる。
ここで事の序でに、遊び心を加味してJRの在来線を見てみよう。
ビジネス指向の新幹線に飽きたら、中央本線の特急『あずさ』と『しなの』とを塩尻で乗り継げば、名古屋まで車窓から日本アルプスの秀麗な山岳風景をたっぷり楽しめる。寝台特急ブルートレインは、往年の人気は衰えたといえ、今でも大阪以遠へのトラフィック需要の一部を担っている。
それから『鈍行』。大阪まで直通する鈍行は一本も無いが、途中何回か乗り継げば当然大阪まで行ける。その所要時間は(乗り継ぎの時間を加えても)戦前の超特急にほぼ匹敵する。この注目すべき事実は案外に知られていないが、大いに評価されて然るべきと思う。近来の電車の優れた加速性能がもたらした結果である。
要するに新幹線でなくとも、JRなら1日(あるいは1夜)程度で東京〜大阪を結べるのである。『国鉄』は分割されても『JR』は長距離移動の主要な担い手であることに変わりはない。
以上が大阪へ行く手段の総ざらいである。すなわち新幹線中心の『JR』が主流、次いで『航空機』『高速道路』の三者、これが東京〜大阪間移動の必須機関である。商用にしろ、観光旅行にしろ、この三者の何れかに依存することなしには、通常の、常識的な様態と時間で大阪へたどり着くにはできないと思われる。

ここからが本論である。無用・無目的の阿房旅行なら、上記の三者の何れにも頼ることなく大阪に到達してみたい。これは常識への挑戦である。日頃、何気なく受け入れている『常識』からはみ出て、意表外の可能性とエンタティンを探る実験である。
まず、国道1号をマイカー、あるいはタクシーでシコシコと行けばいつかは大阪へ着く事は間違いなかろう。国道1号はバイパスや立体交差も多く、部分的にはハイウエイ並みの構造・設備もある。けれど、やはり渋滞や信号待ちも多いであろう。時間はかかる。タクシーなら料金も嵩む。風景は陳腐殺伐、環境は劣悪。旅の情緒など求むべきもない。
国道1号を避けて東海道の旧道を辿るという手もある。幸か不幸か、五十三次の時代の旧道は現在でもほぼ一貫して残されており、しかも、一部の箇所を除いて車の通行も可能なのである。これなら気分もいくらかマシかもしれない。けれど、それも五十歩百歩である。所要時間は国道1号をはるかに上回るであろう。どうもあまり面白くない。
そこで、いま一つ条件をつけ加えるとしよう。それは、"タリフ(公共料金表)を掲げて通年営業しているコモン・キャリヤ−(公衆旅客運輸業者)の路線を使うべし"というルールである。
つづく


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