北関東にラベンダー畑を見つけた。
 その馥郁とした香りが好まれて、芳香製品として近年とみに人気が高い紫色の花ラベンダーは、ついこの間まで、寒い北海道辺りではないと育たないものとばかり思っていた。そんなおり、妻がラジオのCMで関東地方にもラベンダー畑があることを聞いた。妻は70歳を越えてなお良く働く。私にとって若い頃より最高の”あげまん”女房であり、彼女なくして私の人生はないとさえ思っている。その妻は、朝の食事が終わった後、後片付けをしてそのまま昼飯の仕度にかかり、終わると掃除機をかける。ベランダの鉢に水をやったりしたらじきお昼だ。新聞を読むのが午後になることもしばしばで、昼間のテレビが見られるのは3時過ぎになる。だから常にラジオを身の周りにおいている。家事に忙しくても耳は空いているからラジオの情報は良くキャッチしていて、世の中の動きを知るのが早い。
 7月中旬のある日、たんばらと言う所にラベンダーが咲いているという放送を聴いた妻は、聞いた地名を忘れないようにと、”たんばら”、”たんばら”と暗唱しながら、パソコンですぐ場所を探してくれと言ってきた。キーワード 「たんばら、ラベンダー」は群馬県にあった。”たんばら”とはてっきり”丹原”とでも書くのだろうと思っていたら、想像もつかない”玉原”だった。見ごろは8月の始が良いことが分かり、都内の庭園巡りの足をちょっと延ばしてみようということになった。上野から上越線特急で2時間、沼田から直通バスで東に向かう。現役の頃、ピッカピッカのマイカーで老神温泉から吹き割りの滝を通り、奥日光まで行ったときに通った道だ。暫く行ってバスは北に進路を変え九十九折の峠道を登って行く。ラベンダー・パークまで19キロ、50分の道のりだ。
 旧KDD本社が霞ヶ関ビルから新宿の新築ビルへ引越した頃だったと思う、連合赤軍と警察が大戦争をした浅間山荘事件というのがあった。その連合赤軍がリンチ殺人をした場所として、あの頃の新聞によく”迦葉山(かしょうざん)”と言う山の名前がでてきたのを覚えていたが、その山の名前が途中の標識にちょこちょこ出てきた。この辺の山奥があの
残忍な事件の舞台であったようだ。
 たんばら・ラベンダー・パークは、東急リゾートが経営している施設で、標高1300米の高原にある。約700米のリフトで登ると、冬はスキー場のゲレンデになる畑一面に紫色の絨毯の如くラベンダーが咲き乱れている。5万株のラベンダーは咲く時期がほぼ3段階に分かれているようで、7月中旬から8月中旬までのほぼ1か月間を楽しむことができる。ゆっくり歩きながら登り下る、緩やかな斜面に咲き乱れるラベンダーは、山から吹き降ろす爽やかな風に独特の香りを乗せてくる。さらに、ラベンダーを引き立たせる脇役のように、ハーブや、ニッコウキスゲ、ヤナギラン、サルビア、マリーゴールド、水芭蕉などの色とりどりの花が咲いている。ラベンダーが何時ごろから特に女性に人気が高くなったのか知らないが、心を落ち着かせてくれる香りがするのは確かである。パーク全体がふんわりとした雰囲気になっている。畑の奥には、誰が、何時、何のために撞くのか”妖精たちの鐘”と言うのがあって、撞くと幸せの音色がするそうだ。一度聞いて見たい音色である。
 ショッピング・センターに入ると、よくもここまで考えたか、と言いたくなるほどの多種多様のラベンダー加工品やグッズが並んでいる。ラベンダーの石鹸、香水、口紅、化粧水、クリーム、ドライフラワーなどは定番で、お菓子、飴、ワイン、羊羹、プリン、ハーブティー、アイスクリーム、ソフトクリームなどは序の口、ラベンダーリース、縫いぐるみ、Tシャツ、クッション、バッグなどの袋物、枕などまである。ラベンダーの香りは精神安定に効くとか、ものは試しと思って枕を買った。特段の効果はまだ現れていないようだが、寝るとき良い香りがするのは気分が良い。
 毎日を好き勝手に生きていて、ストレスなんて溜まるはずがないとは思っていても、デリケートな人間は常に小さなストレスを抱え込んでいるようだ。妻がちょっぴりこだわった”たんばら”の名前のお蔭で、思わぬ気分転換ができた、ミニミニ旅の、小さなお話でした。 おわり
2007年 8月 羅天風庵 住人