四 季 雑 感 (16) 樫村 慶一
なぜチリは震災への復興意欲をなくしたのか
8月半ばに放送されたNHKの番組で、東日本大地震の余震はM.7台を含め今後も増加の傾向にあると報道されていた。東北地方海岸の津波の話のたびにときどき引き合いにだされるのが、太平洋を挟んだ対岸のチリ大地震のことである。1960年5月22日に起きたこのバルディビア大地震のM9.5は、世界で地震の記録をとるようになってから最大の規模だと言われ、東日本大地震の5倍に相当すると言う。海岸地帯では大地が裂け、津波が暴れ、火山が噴火した。1日半遅れて東北・北海道にまで津波が押し寄せ死者もでた。
中南米で起きたM.7以上の地震(1928〜2011)
この表以前では1773年のグアテマラの首都が
壊滅した地震が有名である。
* は火山の爆発
1928 |
チリ |
1996 |
エクアドル |
1930 |
チリ |
1996 |
ペルー |
1940 |
ペルー |
1999 |
メキシコ |
1043 |
チリ |
1999 |
コロンビア |
1960 |
チリ |
2001 |
エルサルバドル |
1970 |
ペルー |
2001 |
エルサルバドル |
1972 |
ニカラグア |
2001 |
ペルー |
1974 |
ペルー |
2003 |
メキシコ |
1979 |
ペルー |
2005 |
エクアドル* |
1981 |
ペルー |
2005 |
チリ |
1981 |
ペルー |
2006 |
エクアドル |
1985 |
チリ |
2007 |
メキシコ |
1985 |
コロンビア |
2007 |
グアテマラ |
1985 |
メキシコ |
2007 |
ペルー |
1986 |
ペルー |
2007 |
チリ |
1986 |
エル・サルバドル |
2007 |
カリブ海 |
1987 |
エクアドル |
2008 |
コロンビア |
1990 |
ペルー |
2010 |
ハイティ |
1991 |
ペルー |
2010 |
メキシコ |
1991 |
コスタリカ |
2010 |
チリ |
1993 |
コロンビア* |
2011 |
チリ |
1994 |
コロンビア |
2011 |
ペルー |
1995 |
コロンビア |
− |
− |
1995 |
チリ |
− |
− |
| 元来南米の太平洋岸は世界有数の地震帯である。左の表を見ていただきたい。チリだけに注目してみると、1900年以降今年までにM7.0以上の地震が10回も起きている。全部同じ場所ではないが、北海道の奥尻島から九州までの距離とほとんど同じような距離にあたる約2300km(チリの国土は南北約4000km)の中で、80年余りの間に10回も大規模地震が起きた。東北地震以後に思いついて震源地のバルディビア(Valdivia:サンティアゴから南へ直線で約750km)を訪れた朝日新聞の記者は、『住民には悲しみとか絶望感とは違う一種独特の運命論的な諦めのような考えがこびりついているように見える。何をしてもまた地震でやられる、地震が起きればおしまい、自分の代だけ生きられればよい、と言ったようなものである。従って未来への投資などはしない
と割り切っている。だから、1960年の地震から半世紀以上も経とうとしているのに、なお完全に復興していない。記念碑とか鎮魂碑といったようなモヌメントもない』。と語っている。最近でも6月に火山の大爆発があった。私も10年ほど前の2月に一度だけ長距離バスの窓から町を眺めたことがある。何の工場か分からないがすっかり錆びた塀や扉、ぼろぼろになった屋根が50年前のままだし、橋を渡るとき錆びたマストのようなものが川面から突き出ていたのがちらりと見えた。真夏の暑さに空気は淀み、町には人通りがなく、入り江の港町には活気が感じられなかった。
日本では、北海道の奥尻島も、初めて砂の液状化現象が報道された新潟地震も、長野や新潟の大地震も、阪神淡路の大きな被害もみな復興したし、東北はまさにこれから復興が本格化しようとしている。この違いはどこからくるのであろうか。チリは回数が多すぎるためなのだろうか。チリの港は太平洋から大西洋へ回る船の寄港地として、また1879年〜1883年のボリビア・ペルー連合軍との戦争に勝って硝石や銅などの産地を手に入れたことで大いに繁栄した。しかし、1914年にパナマ運河が開通してからは、マゼラン海峡回りの船が激減し、景気が一挙に落ちこんでしまった。それでも、それまでに何度か起きた地震のたびに復興の意欲がわいていたのだが、1960年の大地震で完全にそれが失われてしまったと言ってよい。昨年2月の地震でサンティアゴ市内の5つ星ホテルが傾斜してしまったが未だに直っていないのも一例である。
地球の反対側に位置するチリは移民にドイツ系が多く、万事にずぼらなラテン気質の多い太平洋側の国とは違い、国民性が日本人に似ているように思っているが、地震の復興に意欲がなくなったというのは悲しい限りである。日本はこれからも東京の直下型や東海や南海地震が予想されている。復興したってどうせまたやられるんだ、復興は無駄だなんて気が充満したら大変だ。そんなことにならないよう、地震と復興がいたちごっこにならないよう、賽の河原の石積みのようにならないようにするには、なまずの神様やマグマ大使にお祈りをするしかないのが、天災には全く無力の人間の情けないところである。
それにしても左の表を作るのに資料を調べて、中南米の地震の多さに改めて驚いている。
(2011.9.1 防災の日 記)
|