◆さてマリサットは、軍用衛星とも云われるように二つの顔を持つ怪事衛星。つまり衛星に搭載される UHF 部分*1
は米海軍にリースされ、 L/C 部分*2が一般の船舶通信に提供される軍民相乗りの衛星。この軍事的性格が
マリサット・サービスの導入に当たって我々を大いに悩ませた。宇宙平和利用を国是とし軍事色に敏感な環境下での政策当局の
手続きとしては当然のこと慎重ならざるを得ない訳だ。この軍事色に絡んで、当時明暗を分けた二つのケースが想起される。
(1)それまで短波無線に依存していた遠洋船舶通信は衛星技術の導入により抜本的改革が期待され、マリサット公衆サービスの 早期導入について日本の商船隊や遠洋漁業関係から強い要望が出ていた。KDDは当然ながらこれに応えるため、政策当局、 関係事業者の協力を得て、軍事アレルギーの解消に努めながら、日本船舶による通信実験等を経て、1977年4月には取りあえず 米国海岸地球局経由によるマリサット・サービスの導入に漕ぎ着けた。軍事色の解消には特効薬はなかったが、まず当時の米FCC当局 をはじめ関係事業者から資料を収集して、マリサットが総体として商業ベースの衛星であることを明確にした。即ち、衛星は マリサット・ジョイント・ベンチャー (COMSAT・GENERAL/RCA/WUI/ITT の4社) が出資・所有・運営するもので、UHF 部分を 賃貸契約で米軍にリースし、L/C 部分においてベンチャー参加企業(国際通信事業者)が公衆通信を提供すると云う 商業目的・商業的手続を明らかにし、軍事色の問題をクリアーした。
(2)さて次のステップとしては、日本船舶等の便宜を考えれば、インド洋・太平洋の両衛星にアクセスする海岸地球局を 日本において運用することが望ましい。KDD はかねてからこの地球局建設計画を関係方面に明らかにしていたが、1976年春突如として COMSAT からマリサット・インド洋衛星の打ち上げ・運用に必要な衛星コントロール業務 (TT&C) の提供について打診を受けた。 KDD は当然これをチャンスと捉え、公衆サービス (L/C部分) と併せて提供することを条件に応じることとし、合意を取り付けて 山口地球局の建設に取りかかった。ところが、ここで再度軍事問題が急浮上、この建設計画はご破算の憂き目を見たのである。 つまり、理論上の問題として、もし衛星の L/C 部分が故障して公衆サービスが不能となった場合には、TT&C 業務が軍用 UHF 部分のためにのみ提供されることになるからである。結局 COMSAT は、衛星打ち上げに間に合わせるため、急遽イタリアのフチノ局に TT&C を依頼し、山口 TT&C 局は幻に終わった。しかし、その後粘り強い交渉の結果、KDD は1978年末には公衆サービス (L/C) 用の 山口地球局を開設する運びとなり、マリサット・サービスのグローバル化に協力している。
◆このような軍事アレルギー事情は今日でも基本的には変わっていないと思われるが、このところ巷に溢れる 「カーナビ」 は、 ご存じのように米軍が直営する 「GPS(全地球的測位衛星システム)」 を利用するもの。つまり、軍用衛星システム (GPS) が民間に開放(無料)されて多様な利便を提供している訳だ。この現実をどのように評価したら良いのであろうか? 政策の柔軟性と見るか、ご都合主義と見るか? それにしても、大らかな米軍?企業の逞しい商魂! 利用者の 「自己責任」 の甘さ加減!? 結構な世の中ではある。