前編において、インマルサットが1982年2月、不死鳥とも称された幸運の星「マリサット」の暖簾(のれん) を引き継いでシステムを立ち上げ、マレックス衛星(ESA)やインテルサットV号衛星の海事部分(MCS)など借り物 宇宙部分を寄せ集めて、初期システムを構築してきた経緯・エピソードについて紹介した。以来20有余年を 経過した今日、インマルサットの情況等については、関係情報に接する機会も少ないことから、暗中模索の 思いであったが、このたび7月上・中旬にかけて、筆者は船旅(グアム、パラオ、サイパンを巡る)に出掛ける 機会を得て、この海上生活の中で衛星通信の現実を些か体験することが出来た。そこで今回は飛び入りのお話として、 この体験をもとに海事衛星通信の近況などについて触れてみたいと思う。
◆航海中に本船のブリッジを見学して、近代的な操船システムを実感するとともに、通信長ともお話の機会を得た。 インマルサットが創業以来、システムを発展強化して本船等の運航管理に役立っていることを知り、心強い限りでした。 つまり、インマルサットは、引き続きSOLAS(Safety Of Life At Sea)条約として知られる海上人命安全条約や 捜索救難条約(Search And Rescue=SAR条約)などを具体化する全世界的海上遭難安全システム(GMDSS)の 中核を担当しており、また船舶通信のグローバル的自動化・近代化の本命としても活躍していることを実感、 確認した次第。
◆ご承知のとおり、クルーズ客船は多様な衛星通信設備を装備し、遭難安全通信をはじめ船舶の運航業務および 船客のニーズにも対応している。本船では6台の静止衛星向けアンテナ施設を船上のトップデッキに搭載している。 各アンテナは、船の移動・動揺を補償するための衛星自動追尾装置とともに、レドームに収容され、またデッキ上 の構造物(レーダーマストや煙突など)による電波ブロックにも対処するため船の両舷に1台ずつ設置され、 パラレル運用を行っている。これら施設による通信状況等は概略次のとおり。
(1)インマルサット衛星は、船舶のGMDSS端末に対応するとともに、近年は各種船舶端末の進化に伴い、 多様なニーズにも対応している。船舶業務用通信は陸上と同様に自動化されており、特に今日ではインターネット 接続が多用されているようだ。また電話やインターネット(64kbps/ISDN)接続は船客にも利用が開放されている。 なお、GMDSSについては、遭難・緊急時に、例えば海上に放出されたブイ (EPIRB=Emergency Position Indicating Radio Beacon) などから自動的に関係情報(船名・位置情報等)が発信され、衛星経由で各地の救難センター(日本では海上保安庁) に知らされて、必要な救助措置がとられる。このGMDSS制度の強化・普及に伴い、映画「タイタニック」でお馴染みの SOS方式など、モールス通信は名実共に廃止されている。なお、インマルサット衛星に対応する日本の陸上地球局 (海岸地球局)の運用は、KDDを引き継いだKDDIが引き続き担当している。
(2)Nスター(NTTの静止衛星)は、離島・僻地向けサービスを目的とした国内衛星。かつての沿岸電話に代わって、 日本の領海・経済水域を広くカバーしており、船内の公衆電話機からテレホンカードやクレジットカードで手軽に利用できる。 電話(9.6kbps)の料金はインマルサットより割安のようだ。
(3)テレビは日本近海を航行中にはBS番組が、またBS圏外の大洋ではCS番組(NHKワールド・2チャンネル) が部屋のテレビで見ることが出来る。
(4)その他のニューズサービスとしては、昔ながらの短波によるFAX版「共同通信ニュース」の朝・夕刊がロビーや 図書室で閲覧できる。参院選のニューズはインターネット版でも速報されていた。
◆さて、国際機関として1979年に発足したインマルサットは、ご承知のとおり1980年代後半から始まった衛星通信界の 自由競争の波を受けて、組織の合理化・強化のために民営方式への移行が進められてきた。つまり、1994年と98年に わたり複雑な条約改正の手続がとられて、機構改革が断行されている。その状況など細部については、専門家に解説 をお願いしたいところだが、筆者の理解するインマルサットの現状について若干補足すれば;インマルサット衛星(9機) を引き継いだ民営会社「Inmarsat Ltd.」が英国ロンドンに設立され、世界各地のコントロール施設等とともに グローバルシステムの運営に当たっている。また、持ち株会社として「Inmarsat Group Holding Ltd.」が設立されて、 他の子会社を含めて資金調達管理等に当たっているようだ。なお、目下のところ株式は公開されていないらしい。
◆インマルサット組織改革のもう一つの柱は、GMDSSと云う公的サービスを如何に確保するかと云う点であった。 このため、1998年の条約改正では、関係民営会社等にGMDSSの提供を義務付けるとともに、これを保証するために、 政府間国際機関として「International Mobile Satellite Organization (IMSO)」を存続し、GMDSSの提供確保を図る ことにしているようだ。
◆今回の船旅は、台風8号が去った穏やかな海を一路南下し、遥かなる戦跡を巡る慰霊の旅ともなった。 と同時に、上に報告のとおり、インマルサットの今を垣間見、その発展振りを確認することができた。 借り物衛星でスタートした初期システムのドラマを想い、そのDNAが今日につながり、進化していることを思うとき、 その創設に係わった一員として感無量の旅でもあった。思いつきの駄文、認識不足や誤りもあろうかと思います。 ご叱正を頂ければ幸いです。